読んだ感想
この小説は、乱歩の大人小説です。乱歩には少年探偵が活躍する少年向けの小説がありますが、本作、黒蜥蜴は、妖しく艶やかな大人向けの方の小説になります。
物語の軸はある事件予告があり、その事件を防ぐために探偵が雇われます。事件を防ごうとする探偵と、事件をおこそうとする黒トカゲとの戦いです。
探偵と黒トカゲの戦いは、どちらかが勝ったと思ったら、実は、やられていたということの繰り返しです。しかも、お互いが対戦しているかどうかも分からない状態で、実は、一方は戦いを仕掛けていたが、一方はそれを知らないこともあります。
虚実入り混じった、目に見えるそして目に見えない戦いが繰り広げられます。だから、目に見える状況と本当の状況が違うので、表面的な出来事にとらわれるとだまされます。
探偵も黒トカゲも変装が得意です。その今登場しているその人は、本当にその人なのでしょうか。それは誰かが変装した姿であって、本当のその人ではないかもしれません。
探偵と黒トカゲの虚実入り混じった対決で、どちらが優位に立っているかを疑いの目でみながら、読み手も探偵と黒トカゲに騙されないようにして、読み進めていかないといけません。
そしてもっとも印象に残るのは、黒蜥蜴がまるでうごめいているような錯覚に陥る感覚を、物語に登場している人たちと、読んでいるこちらも感じることです。意識のなかにうごめく黒蜥蜴実に妖しい気分を作ります。
そのような気分を醸しだしながら、探偵と黒トカゲの虚実入り混じった、どちらが優位なのか、その優位も突然入れ替わるなど、表と裏がどっちか楽しんでもらいたい小説です。
黒トカゲ登場
物語の始めは、クリスマスイブの日の東京G街の午前1時頃、夜の歓楽街のナイトクラブです。皆がイブを楽しんでいるところに、たくさんの宝石を身につけた女性があらわれて舞台で踊りはじめます。
その妖しく艶やかな踊りで人々を虜にしてしまいます。そして左の腕には黒トカゲが這い始めます。一人称は僕という不思議な人物です。
東京、夜、歓楽街、これら単語からは、何か秘密の集まりやはかり事があり、闇夜に何かがうごめき、何かががおこる前兆かもしれない、と思わせる雰囲気があります。
この導入部の描写で、すでに乱歩の作り出す世界に引き込まれていきます、
Kホテルの宿泊客
場面は変わり、場所は東京のKホテルです。明け方の午前5時頃に女性客が帰ってきました。友達だという口ひげをはやした政治家っぽい人物といっしょで、この人物には女性客の隣の部屋が用意された、
一方、このホテルには、大阪のある実業家とその娘が宿泊をしていました。東京へは商用と、娘の縁談のために来ていた。
また、この実業家はある事件の予告を受け取っていて、そんな予告の手紙がくる自宅を当面離れるのが東京に来た理由でもありました。
さらに、万一のことを考えて探偵に事件の阻止を依頼しました。
Kホテルでのやりとり
前出の宿泊客の女性は実業家の以前からの顧客で知り合いで、その関係から実業家の娘とも仲良くなり、探偵とも面識ができました。だから、事件予告のような話も女性客にはしていました。
その後それぞれ自室に戻り、時刻は午後11時頃のことです。ホテルの従業員が実業家あての電報を持ってきました。最初は出てきませんでしたが、扉をたたき続けていると実業家が起きてきました。
そして渡された電報には事件の予告が書かれていて、しかもそれは今夜12時とありました。ので、探偵は実業家の部屋にて監視することにしました。
扉をたたく音が気になった女性客が実業家の部屋にやってきて、探偵と向かい合わせに腰掛けました。女性客にも予告のことは伝えられました。だた、予告時間までまだ時間があるので、眠気防止の意味も含んで、探偵と女性客の間でトランプ対決がはじまりました。
もちろん探偵は寝ている実業家とその娘を監視していますし、窓や部屋の入り口にも注意しています。
そして、12時がすぎても部屋には誰も来ていませんし窓も破られていません。探偵が監視していたが何も起こらなかったのです。
第1ラウンド 探偵との掛け合いはもう始まっていた
しかし、ベッドで寝ていたはず実業家の娘はそこにはいませんで、頭はマネキンで、胴体は敷布団をまるめていたものでした。
探偵は一杯くらわされて黒トカゲの勝ちとなりました。そして、探偵は女性客との賭けに負けてしまったことにもなります。二人の賭けとはそういうことでした。
事件予告も防ぐことができず、女性客との賭けにも負けた探偵ですが、その後に、犯人がどうやって犯行に及んだかをあばき、娘の居場所もみつけて取り戻しました。
さらに、犯人の正体もおおやけにしますが結局は逃げられてしまします。探偵は相手にしてやられましたが、なんとか娘も取り返すことができましたので、痛み分けドローと私は判定します。
ちょっと一息1
ある老紳士がある女性のあとをつけています。その老紳士は真っ白な髭で大きな眼鏡をかけていて赤ら顔です。女性はつけられているのに気がついていましが、大胆にも喫茶店に入ってコーヒーを2つ頼んでいます。
続いて、老人が喫茶店に入って女性がいる席にいきました。老人は女性が失業していることをなぜか知っていて、女性を雇うと言いだして女性は雇われることになりました。
なにか幕間のなぞなエピソードです。
第2ラウンド 実業家の大阪の自宅にて
東京のKホテルでの事件の後、実業家とその娘は大阪の自宅に戻りました。黒トカゲはまだあきらめたわけではなかったので、探偵も大阪の自宅にいて監視を続けています。
娘は部屋に閉じこもったままで、気がめいってしまっていました。そんな娘を気遣い少し前に娘の好みで注文した洋家具(椅子のセット)を見せて気晴らしにしてもらおうとしました。
父娘が応接間でその椅子を見ているときに電話連絡が入り、実業家は急ぎ自分の店にいくことになります。そして応接間には娘が1人いるだけになります。
そのタイミングで、しばらく鳴りをひそめていた黒トカゲが動き出して、とうとう娘を自分のもとに連れてくることに成功しました。
とうとう事件はおこってしまいました。少し気が抜けて隙ができていたのでしょう。探偵が所用で不在なタイミングに黒トカゲがしかけてきたのです。
いつものごとく応接間に行くための道筋には家の書生が立ちはだかり、窓も破られてはいません。どうやって黒トカゲは娘を連れだしたのでしょうか。このラウンドは黒トカゲの勝ちです。
第3ラウンド 展望台での取引
黒トカゲが娘を連れ去ったのにはもちろん目的があります。それは娘と引き換えに実業家が所蔵するある宝石を引き渡すということでした。
非常に手に入れたい宝石でしたが、その宝石はどこにあるのかは実業家しか知らないので、
そこでまずは娘を連れ去り、引き換えに宝石を手に入れるという手口を使うことにしたわけです。
時期は冬、展望台には冷たい風が吹き込んでいましたので、観覧客はいませんでした。ただ、売店に店番の人が座っているだけでした。
実業家が展望台で待っていると黒トカゲがやってきて宝石は黒トカゲの手に渡りました。実業家は先に展望台から降りていき、トカゲは展望台に残りました。
その後、トカゲは展望台からみごと逃げることができました。
このラウンドはトカゲの勝ちです。当然、娘は帰ってきません。
ちょっと一息2
船の中、黒トカゲは娘と宝石を手に入れて自分のアジトに向かっています。その船の中で幽霊騒ぎがありました。囚われた娘の部屋からボソボソと話す声が聞こえますが、娘は口がきける状況ではありませんので、いつしかそれを幽霊のせいだと考えるようになりました。
黒トカゲの本当のすがた
黒トカゲ一味はアジトにつきました。アジトの様子ですが、そこは様々な宝石が陳列されていて、それには宝石商の娘もびっくりするほどのものでした。
それはさしずめ美術館のようで十何年かけて収集したものです。黒トカゲの手口は美術館、博物館所蔵の美術品を、模造品をすり替えて本物を自分のアジトに展示していたのです。
しかし、このアジトというか美術館には違う目的もありました。ここで黒トカゲの本当の姿がわかります。実業家の娘を連れだしたのは宝石を手に入れるためだけではなかったのです。
実はいくつかラウンドを飛ばしています
このアジトに来るまでの間に、探偵と黒トカゲの対決が繰り広げられています。それは、宝石が黒トカゲの手に渡ってそこから黒トカゲが逃げる時と、船で大阪からアジトまで戻る時です。
それは、お互いだまし合いで、表面的な勝利とはちがった見方ができ、だましたつもりがだまされて、だまされたと思っていたがだましていた、ここでの勝負の見方はあてなりません。
既に勝負はラウンドごとの勝敗ではなくなっています。ラウンドの勝敗がもはやどちらが本当に勝ったのか分からなくなってきています。そうなると最終的にどちらが勝つかだけです。
アジトにて 探偵とトカゲの最終ラウンド
最終ラウンドはアジトが舞台になります。探偵はどうやって黒トカゲのアジトをみつけて潜入したのか、そしてどのように事件を解決していくのか。連れ去られた娘と奪われた宝石の運命はどうなるのでしょうか。
黒蜥蜴がうごめくような錯覚のなか、妖しい気分にひたりながら、明智と黒トカゲのだまし合いにだまされてみましょう。
謎を解こうとしないように。だまされないようにするよりも、ただ、物語に流されて振り回されるのはどうでしょうか。そんな読み方もいいかもしれません。
それでは今回はこれにて失礼します。
以上
書籍データ
黒蜥蜴
著者 江戸川乱歩
青空文庫より書籍データをDLしています。